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時に、寒の戻りもあったりし。
空の色に惑わされてのこと、うっかり上着を薄いのだけにして出掛けると、
帰りに震え上がるよなことも まだまだなくはないけれど。
それでもそうと思えるほどに、陽の色が日に日に強さを増しており。
足元に落ちる陰も さほどには濃くないとはいえ、
陽あたりのいい中をてくてくと歩いておれば、
濃色の制服だと熱吸収もいいものか、
さほどの気温ではなくたって じりりと暑くなりもするほどで。
桜も去った町角には、
桃の濃緋が、どこやらのお屋敷、瓦の載った塀の上にちらりと覗く。
まだまだ新学期が始まったばかりだからか、
思わぬ時間帯にちらほらと、
飛び抜けて麗しいお嬢様たちが、
くすすと微笑い合いつつ、
丘の上の学園から駅までを下って来なさるのを見ることとなるけれど。
閑静なとはそういうことか、
住人らしい人影はどんな時間帯でも案外と見受けぬのが
こういうお屋敷町の特徴なのかも知れぬ。
南欧の別荘のような白亜の邸宅もあれば、
白木の格子戸つきの大門を構えた純和風の屋敷もありという、
個性豊かな豪邸が居並ぶ間を縫うように、
通る車も大型車が多いのか結構幅広な街路の一つ。
今は無人な通りを静かに歩む人影があったのだけれども。
「……?」
セーラー服姿にカバンを提げてという女学生、
何かしらの気配を感じて肩越しに後方を見やったそのまま、
それがずんと徐行している車だと気づくと、
そのまま通り過ぎるの、やり過ごしたいものか、
つと 歩みを止めてしまったのだけれど。
傍らまで近寄って来た車は、車窓がスモークグラスで中が見えないその上に、
彼女の髪を束ねたヘアゴムのリボンのギンガムチェックまでも、
きっちり映し込んだ窓がドアごとバタンと外へと開くと、
少女の姿をその中へ、あっと言う間にくわえ込んでしまう。
何かあっても抵抗出来るように、
単独行動は避けましょうねと
そんなお話をしていた少女らの輪の中で。
初めて加わった自分が物言いするのは差し出がましいかもとドキドキしつつ、
それでも勇気を振り絞って提案した、当の本人様ではなかったか?と。
昼休みの一幕を見ていたお人がいたなら小首を傾げるか、
若しくは…ちょっとその車はと、
ゾッとしてのそのまま わたわたと慌ててしまうところだろう展開で。
濃色のボディーに家々の塀から覗く若葉の陰や白壁などを映し込み、
するするとゆるやかに発進してゆくは。
お嬢様がたはあんまり車には詳しくなかったから
曖昧な印象しかなかったらしいが、
実は実は、目立って当然、
跳ね馬をエンブレスに戴いた、イタリアの暴れ馬。(こらこら)
フェラーリのスポーツカー、
ジャパン仕様、汎用型という手合い。(何ですか、そりゃ。)
そんなような車であるし、それに、
丘の上のヲトメを喰わえ込んだなんてな悪行の末だ。
疚しさゆえのこと、逃げるように駆け去っていいところが、
だのに何故だか、一目散に…というよな出足じゃあなかったのが、
事情を知る人には不思議だなと映ったかも知れなくて。
“……ですよねぇ。”
後部座席へ座を占めたは、
内気な転入生として、親切なお嬢様がたの輪の中に加わっていた、
確か 鷲尾さんとかいう女生徒で。
ここいらのみならず、都内の詳しい筋の方々には垂涎の、
選ばれし聖女しかまとえぬ伝統のセーラー服に、
学校指定のカバンと革靴。
手入れのいい髪を1つに束ねていたヘアゴムを、
だがだがあっと言う間に引いて外すと、
しばり癖がついたの、不機嫌そうに眉を寄せつつ指を通して捌く彼女で。
「まったく。やっぱり向こうは覚えていたわよ?」
「そうすか?」
「で、名前や素性のほうは。」
運転席と助手席に座を占めていた男二人が、
ニヤニヤ笑いつつも、
年下のはずな彼女へ、どこか“下から”という応対をして見せる。
それへとうんと頷いた鷲尾女史、
「一年B組の当麻咲子。
政治家だの財閥だのってクチのお嬢様じゃあないけれど、
お父さんは結構有名な弁護士なんだって。」
ひょいと足を組んでシートへ凭れるように座り直し、
車内装備のボックスを1つ、ぱかりと開くと。
金の吸い口という変わった仕様の紙巻きを摘まみ出し、
ルージュを思わす細身のライターでかちりと火を点け、
紫煙をふうと吐き出す仕草もなかなかに決まっておいでで。
「ったく。
標的は三年の 左門院何とかさんとかいう子でしょうに。
肝心なその子を見極めるのに
何日もかかってるからこういうことになんのよ。」
「へえ、すんません。」
あんたらの段取りの悪さから
余計な仕事を増やされちゃったと言わんばかり。
細い眉をきゅうと顰めたお顔には
あの大人しそうな気配も微塵もなくて。
「お節介そうな子だし、だから目端も利いたのね。
まあアタシをすんなりと信用したようだから、
明日にでも どっかへ呼び出す段取り組めばいいや。」
「俺らがやるんで?」
「決まってるでしょう?
アタシも巻き添え喰ったって芝居を打つから。
二人まとめて攫うとかさ、
そのっくらいは自分らで考えな、バ〜カ。」
厭味を言われた側も側で、
面目ないと首をすくめこそすれ、
何だと生意気なと反駁するよな様子は欠片もない辺り…。
「お…。」
ゆっくりとした走行で、今日のところはここまでと、
学園から離れつつあった、腐ってもフェラーリだったが。
前方に何か見つけたか、
運転席の男がサングラスを外しつつギア操作をして停まりにかかり、
「姐御、たばこを隠してくだせぇ。」
「何よ、検問?」
こんな住宅街で、何それと、
ますますのしかめっ面で不平を言いつつ。
でもでもこの格好ではやばいというの、さすがに判るのか、
まだ数センチも吸っていないのを灰皿へゴシゴシと擦り付けておれば、
「すいません、免許証を見せていただけますか?」
制帽にネクタイ、薄色のシャツに濃色の上着とスカートという、
こちらも独特の制服姿がきりりと清廉。
恐らくはホイッスルをつないだそれ、
銀のポールチェーンをポケットまで提げているのが、
体を傾けるとチャリ…と一緒に下がって来るおまけも何とはなく味があり。
二人一組のもう一人は、こちらの車の前方、
ボンネットの前をしげしげと眺めておいでだが、
“今時の婦警って、髪をああまで染めてもいいのかしら。”
きゅうと束ねのまとめのして、
頭の上、帽子へ隠すよに結い上げてはいるけれど。
どう見たって金色で、よくよく見れば双眸も青いから、
もしかしてハーフとかかなぁとかどうとか。
運転手と彼女らのやり取りを他人事みたいに眺めておれば、
そんな彼女がいた後部座席のドアがいきなりガッチャと外から開いた。
「…え?」
外国人仕様の内装だし、運転手に用があろう職質だろうから、
後部座席の子供には用ははなかろと油断していた鷲尾さんチのお嬢様。
そりゃあ鮮やかななめらかさで、
風のようにスルリとすぐのお隣へ着席した存在があったのだが、
それへそれと気づくまで、
傍で見ていたなら プフッと…ウケるぅ〜と吹き出しかねなかったほど
間の抜けた間合いがあったのは、それだけ隙だらけだったからか。
間近に誰かが居るのは判ったが、
こうまで透き通った印象のする軽やかな存在ってあるだろか。
体温の気配はある。
でも、人が寄ったらそこにはいつも、
汗の匂いとか体臭とか、
逆に整髪料や安っぽいコロンの匂いとか、
そういったのが混在した、癖のある匂いというのが香るもの。
それが一片もないなんてと、
それでのこと、目を見開いてしまっておれば、
「どうした。俺を知らぬのか?」
乗り込んで来た“敵地”であれ、まるきり動じぬその自負が、
萎縮も気負いも動揺も匂わさず、
態度にも所作にも余裕さえ滲ませたその結果。
そういう相手に馴れのない鷲尾さんには、
風のように羽根のように、それは軽やかな存在に見えたのだろう。
そして
「無理を言ってはいけませんわ、久蔵殿。」
伸びやかな別の声がして、今度は逆側のドアが開いたのへは、
えええっと背条を震わせつつも今度はきっちり反応したお嬢さんの、
すぐ背後から すとんと、すぐの傍らへ着席した、制服姿の婦警さんその2。
玉子型の細おもてから、かっちりした制帽をひょいっと外すと、
いやはや、髪が乱れて乱れてとの屈託ない苦笑をしつつ、
「だってその人“何ちゃって”ですもの。
ウチの生徒じゃないんだから、
アタシたちを見ても誰なのか判らなくって当然です。」
「な…っ。」
そりゃあ朗らかにこやかな言いようで、だがだが、
よほどに痛いところを、しかも不意打ちで衝かれたものか。
鷲尾と名乗っていたお嬢さんのお顔がギクッとあからさまに引きつった。
それを見やって、あらあら素直なことよと、
そりゃあ楽しそうに微笑った、もうお気づきですねの白百合さんが、
「鷲尾さんという一年生は確かにいるそうですが、
特待生としてイギリスの姉妹校へと進学しておいでです。」
だから、ウチのガッコに
そうと名乗る一年生が通ってるなんてのは、そもあり得ないこと
…の筈ですがと。
あくまでもにぃっこり微笑って連ねた七郎次の言を継ぎ、
「でもまあ、
生徒のレベルで、しかも違うクラスの人のこと。
疑い始めてからでなきゃ、まずは確かめようとも思わないもんですよね。」
これがあと1週間でも交流を続けていたならば、
どっかであっさり破綻していたことでしょうがと。
そうと続けたお声は、
さっきまで運転手と応対していた方の婦警さんのものであり。
「…っ。」
ちょっとあんたたち、何を好き勝手言わせてるのと、
目の前に仕切りのように立ちはだかっている背もたれの向こう、
年上だけれど笠に着ていた相性の男衆どもへ、
助けろと怒鳴りかかったお嬢さんへ、
「あら、御用があったのなら活け戻しますわよ?」
お話の邪魔になろうと思って、さっき久蔵殿がみぞおちに当て身をネ?と。
ウィンクつきで うふふんと微笑った七郎次へ、
ご指名された久蔵こと紅ばらさんも、うんうんと深々頷いて見せており。
「ちょ、ちょっと、何なのよ、あんたたち。」
どこから見ても自分と変わらない女子高生の女の子たち。
だってのに、
護衛も兼ねていたゴロツキの二人を声もなくの瞬殺出来るわ、
(殺してません、人聞きの悪い。)
そういや、鍵もかかってたはずの後部シートへ
すいすい乗り込んで来た手際と言い。
あまりに鮮やかすぎる手の打ちようは素人離れしていて。
これが要人目当ての急襲だったなら、あっさりと暗殺果たせてる手際じゃんと、
混乱し切っていた鷲尾さんチの偽物お嬢さんへ。
「それを聞きたいのはアタシらの方ですよ。」
ふっと、真剣本気の冴えた目となり、
婦警のコスプレ状態の七郎次が、なんちゃってお嬢さんへと問いかける。
「何を企んで、あんたたち学園の周辺を徘徊してたんですの?」
「しかも、目撃されたらしいと泡食って、
その相手の一年B組、当麻咲子の素性を探るため、
あんたが馴れないセーラー服着て、内気な女子高生になって見せた。」
とんだ潜入捜査があったもんだぁねと、
前方のドアの外から、平八がからからと笑う。
「なんでそれ…。」
「あの、中温室前の石段でのおしゃべりはね、
風の関係で スズカケの木のところまで届くんだな。」
ああ、そう言っても判らないか。
私たちがお昼を食べる定位置になってる木陰なんだけどもね。
お友達が危険な目に遭わぬよう、
上級生のお姉様へ無理難題を持ってかないよう、
一生懸命、勇気を振り絞った内気な子…だと。
「私たちも感心しかかったのですが。」
くすすと微笑った七郎次のお声が終わらぬうち、
「久蔵殿がね、
勇気を振り絞っての言動にしては、
声のトーンがしっかりし過ぎだし、
内気な子にしては
周囲の皆さんの顔色をじいと凝視し過ぎだって。」
耳も良ければ目も良い人ですからねぇと、
偽物高校生の頭越し、
向こうにおいでの自慢の次男坊、
もとえ、お友達を見つめやり。
「〜〜〜。//////」
いやあ そんなことはと、
こんなところで照れてしまう紅ばらさんだったりし。
「それはともかく。」
私設防犯委員長(仮)としては、
そんな怪しい何かしら、放置してはおけませんと
行動を起こしたんだろうひなげしさん。
微妙に惚気合っているお友達お二人へやや呆れつつ、
だが、何か言いかけた……のを引き取って。
「その3人を引き渡してもらいましょうか、かわいいお巡りさんたち。」
「あ。」
「いやん、佐伯さんたらvv」
「俺は。」
うんうん、君は私服だと言いたいのだねと、
いつの間にやら、紅ばらさんの意を酌めるまでとなっておいでの。
お嬢さんたちへの“ちょっと待った”でお馴染みとなりつつある、
目許涼しく、意志を映す口許凛々しい、
その風貌でも人気急上昇中の、
警視庁勤務、捜査一課強行係島田班所属、佐伯巡査長さんで。
『三年生の 左門院恵津子さんという令嬢をネ、
どっかの馬鹿息子の依頼で拉致しようなんて企んでたらしくてね。』
某大企業の会長筋のご子息だとかで、
子供のころから欲しいものはどうあっても手に入れて来た我儘が嵩じて、
レセプションで見かけたお嬢様に一目惚れしたらしいんだが、
『普通にアプローチして玉砕したらしくてね。』
『どうせ、誠意が籠もってなかったんでしょうよ。』
『それか、生理的に気持ち悪い御仁だとか?』
『タイプじゃないんです…ってねvv』
だからって拉致させるという発想からして
真っ当じゃありませんもの、
ロクな奴であるワケがないと。
こたびばかりは三華さんたちの見解へ、
佐伯刑事もうんうん頷くばかりだったそうでして。
「…コスプレは見逃してあげるから、
女学園への不法侵入をしたお嬢さんと
その手助け班を引き渡してくださいな。」
「は〜い。」
「ち。」
「あら、久蔵殿はまだ何かご不満ですの?」
公的機関が締め上げてくれるなら願ったり叶ったりでしょうにと、
どうどうどうと諌める七郎次だったのへ。
「〜〜〜。(否、否、否)」
さっきまでのしゃんと凛々しかった紅ばら様はどこへやら。
違うの違うのとかぶりを振りつつ、
下唇をちょみっと突き出す愚図りっぷりであり。
え? そっちじゃあない?
………。
あ、イヤですよぉ、
アタシのこのカッコ、もうちょっと見てたいですって?//////
いやぁんと頬っぺを押さえる七郎次さんと、
だって可愛いのにィとむいむい膨れる久蔵殿に挟まれて、
“ほんっとーに何なのよ、この子たちわっ。”
良く分からないけれど、自慢の潜入術をあっさり見抜かれたその上、
その日の内に、企みが少しも始動せぬ間にお縄になった理不尽へ、
割り切れぬ憤慨を腹の底にてふつふつ沸かせた、
実はその筋のエージェントだったらしい、謎の偽物女子高生さん。
悪いことは言わないから、
今後もこのお嬢さんたちには近づかないのが身のためよと、
事情通の大人の皆様から次々に諭されるに違いない、
理不尽な春のひとこまだったのでありました。
〜Fine〜 13.04.13.
*何のこっちゃなオチですいません。
いかんなぁ、不発だなぁ。
ホントは別の、もちっとお軽いネタが浮かんでたんですが、
書き進むうち、
事件がらみというややこしい話のほうを選んでただなんて。
見る気もなかった いじめがらみのドラマ二本立て。
ついつい流し観しつつ書いてたからでしょうかね。
何なの、このラインナップ。春先から重すぎませんか?
八つ当たりしつつ書くと
ロクなもんにならんということで。(こらー)
めーるふぉーむvv


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